越佐こだわり通信

「にいがたを元気にしたい!!」経営者二年生の管理人が、日々の行動の中から感じた「にいがたの素晴らしさ、素晴らしい人、素晴らしい商品、サービス」をお伝えしています
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
120503魚沼神社入口
120503魚沼神社山門
120503魚沼神社境内正面

以前、天地人放映の時に「ゆかりの地」めぐりをしましたが、まだ路半ばで中断していたので、再度再開を地道に始めてみました。
こちらは新潟県の小千谷市にある魚沼神社です。

もとは上弥彦神社と呼ばれ、上杉家の保護によって広大な社領を有していたそうです。
上杉謙信も戦勝を祈願したとされています。

120503魚沼神社阿弥陀堂

上の写真は、この境内内にある重要文化財の阿弥陀堂です。
眼をこらし、よくよく見ると阿弥陀さまのお顔を拝見することが出来ました。
まだ境内の隅には残雪があり、今年の冬の厳しさを象徴していました。

天地人の放映の時から始めた神社仏閣めぐり、またまた地道に再開します。




スポンサーサイト
以前、登った天神山城の支城がある場所と言う事で、以前から尋ねてみたい場所であった為、5/4のPMよりふらりと一人で登ってみました。

岩室温泉の中央にそびえている海抜174メートルの姿形の良い山で「岩室富士」とも呼ばれている松岳山の山頂にあったそうです。
源三位頼政が宇治川の戦に敗れ自害して果てた後、愛室の“菖蒲御前”は越後の小国氏を頼り、そして間もなく嫡男小太郎が誕生した。文治4年(1188)、時の天神山城主小国頼連が小国吉政と名づけ養子として迎え居城させた支城と伝えられています。

110505岩室神社正面
110505松岳山登山道入口
110505松岳山登山道前半

岩室神社の直ぐ脇の道が登山道入口であり、一番下の写真のような登山道が前半続きます。

110505松岳山登山中断腰曲輪
110505松岳山登山後半

中段にある腰曲輪跡から頂上までが、前半より勾配がきつくなり頂上まで続きます。

110505松岳山頂上全体
110505松岳山頂上看板

登り初めて約20分位で上の写真のような頂上に着きます。

110505松岳山頂上の山つつじ
110505松岳山頂上からの燕方面の眺め

頂上に咲いていた山つつじと、頂上から見た燕市方面の様子です。
昨日は、この時間帯は登山者は私一人でした。

110505松岳山頂上石碑
110505松岳山頂上石碑説明文

この石碑は、頂上に立っている石碑です。
この説明文を読むと、正しく「諸行無常」という言葉が思い出されます。

110505松岳山登山途中の山つつじ
110505北国街道の幟
110505天神山城への道

「諸行無常」の言葉を胸に、最後は岩室神社で休み明けからの商売繁盛を祈願して来ました。
ここ周辺も、現在、新潟市が観光で力を入れている「北国街道」周辺であり、最近、ここの周辺は真ん中の写真の上りが立っています。

そして一番下の写真は、天神山城址へ向う登山道の一つであり、蛍の群生地でも有名な場所の一つであり、ここも北国街道の名所の一つになっています。

午前中は、愛車でもあり、営業車でもあるレガシーを洗車し、今週末からのお客様訪問時にも恥ずかしくない様に準備をし、午後から「以前から気になっていてたスポットのひとつ」を尋ねる事が出来ました。

上杉家ゆかりの地、北国街道巡りはライフワークとして、ずっと取り組んでいくつもりです。
また、もう少し体力をつけて角田や弥彦周辺をトレッキングする事もライフワークに、今後加えて行くつもりです。


110110徳昌寺入口
110110徳昌寺正門
110110徳昌寺説明看板

連休の最後、ふと天地人ゆかりの地を見たくなり、以前行った長岡市の与板にある直江家の菩提寺り徳昌寺へ行って来ました。
冬のお寺は、また違った良さがあり、結構、上杉家ゆかりの地のお寺をこの季節に訪れるのも大好きです。
「静寂の中で心を落ち着かせる」事が、今の私には大変大切なひと時になっています。

110110都野神社全体
110110都野神社正面
110110都野神社亀の彫刻

次に偶然、見つけた都野神社もお参りをして来ました。
一番下の写真の亀の彫刻が大変印象に残りました。
この神社の由来は都野神社をクリックすると詳しく書いてあります。


110110西堀ローサトリックアート看板
110110西堀ローサトリックアートの見え方

そして最後に家内の用事で古町へ行き、西堀ローサの駐車場へ車を止めて、その待ち時間に立寄った「水の広場」にあるトリックアートです。
肉眼では下の写真のようには見えず、ただ長細く滝と人の顔が見えるだけですが、撮影をすると写真の通りに見えます。

目の錯覚とは、こういった事であり、今週からの仕事でも「錯覚ではなく、真意を見る」事を心がけようと思わされた場面でした。





101031関川道の駅看板
101031渡邉邸外観
101031渡邉邸の水車
101031渡邉邸の鯉

10/31(日)に紅葉狩りを兼ね、上杉家にゆかりの深い新潟県関川村の渡邉邸の見学に行って来ました。
元々は、村上藩主の家臣で郡奉行をしていた家柄だそうてすが、当時の藩主松平大和守が姫路へ国替えの時に桂村へ隠居をし、現在の場所へ移り住んだそうです。
他、農業だけではなく廻船業や酒造業も営み、財政難に苦しんでいた米沢藩に幕末まで10万両以上を用立て、上杉家を助けた家柄です。

101031渡邉邸金蔵
101031渡邉邸味噌蔵

屋敷内に今も残る蔵です。全盛期には12の蔵があり、使用人を含め70名が住んでいたそうです。

101031渡邉邸改修の様子
101031渡邉邸の釜戸
101031渡邉邸中から見た庭

現在、平成21年1月~5年かけて行う修復工事の最中ですが、当時の趨勢を至るところに見ることが出来ます。
一番下の庭は、江戸時代の中期、京都より遠州流の庭師を招き構築されたものだそうです。

101031渡邉邸戊辰戦争の刀跡

この写真の柱は、戊辰戦争時代に新政府軍との戦いの際に付けられた刀傷だそうです。

101031渡邉邸の貯蔵品の弓矢

この弓矢は、当時の米沢藩の上杉鷹山より渡邉家が頂いた弓矢だそうです。
渡邉邸の隣の「せきかわ歴史とみちの館」の中に展示されています。

101031渡邉家の分家東桂苑外観

上の写真は、同じ敷地内にある渡邉家の分家の家「東桂苑」です。

101031渡邉家の分家東桂苑一階の入口
101031渡邉家の分家東桂苑一階の本座敷

入ると直ぐ囲炉裏があり、その隣には本座敷がある一階です。本座敷の天井は低くなっています。

101031渡邉家の分家東桂苑2階の碁盤天井
101031渡邉家の分家東桂苑2階の小判天井

この写真は2階のご主人の寝室だそうです。初代の家主が碁が好きで、寝ながら碁を打つ為に、この天井になっているそうです。
その下は、木目を小判に見立てた天井だそうです。
どちらもやる事に浪漫を感じました。

101031関川道の駅産直売り場

この写真もこの道の駅の中の1つの施設の産直売り場です。

私も始めてこの施設を見学しましたが、大変見所満載の場所でした。
まだ関川には上杉家の痕跡が残されている場所がありますので尋ねてみるつもりてず。

101031関川村近く赤芝峡アップ
101031関川村近く赤芝峡看板入り

ここかから、少し山形方面に迎い、赤芝峡の紅葉を見ましたが、まだこんな状態でした。
見頃はもう少し先のようです。

まだまだライフワークとして決めた「上杉家の痕跡」追及は続きます。




100620巻神社上杉ゆかり看板
100620巻神社上杉家の旗

上杉謙信が戦勝祈願をしたと言われている新潟市西蒲区の巻神社です。
謙信より、軍旗と朝廷拝領旗を贈呈されたと伝えられているそうです。

100620巻神社拝殿
100620巻神社拝殿2

今までの報告と、今後のお願いを祈願して来ました。
そしてお昼時だったので向かいにあるコタンで野菜味噌ラーメンを食べてきました。
色々な人にうわさを聞かされていたので1度行ってみたいお店でした。
堅めの細麺で後味が甘く感じられる味噌スープは大変印象に残る味でした。

ここから、近くの「だいろの湯」で久しぶりにゆっくりと温泉につなり「頭の中をクリア」にする事が出来ました。
今までの固執を一旦整理し、今週からの仕事が良いスタートを切れる準備をさせて貰った1日でした。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。