越佐こだわり通信

「にいがたを元気にしたい!!」経営者二年生の管理人が、日々の行動の中から感じた「にいがたの素晴らしさ、素晴らしい人、素晴らしい商品、サービス」をお伝えしています
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090530I河竹鮨入口
090530I河竹鮨チラシ

大切な人のおもてなしの為、このブログの主旨である越佐の佐にこだわったお鮨屋さんを捜していって来ました。
新潟駅の万代口にあるクオリスビルの隣です。

090530I河竹鮨メニュー

はじめて行ったお店であり、鮨屋さんというと時価や値段がハッキリしないところもおおいのですが
カウンターに座ると目の前に大きくメニューが出ています。
そしてメニュー毎に佐渡産や新潟産とはっきり書かれていて、大変分かり易いメニューです。

090530I河竹鮨白身のさしみ

これは佐渡産と新潟産の白身のさかなの盛り合わせの刺身です。
写真左端は「のどぐろ」の刺身であり、大変美味かった食材です。
090530I河竹鮨たこの卵
090530河竹鮨真野鶴湧水

佐渡産のタコの卵です。
かに味噌に似た味であり、少し醤油を足して食べるとこちらも行ける味でした。
これを肴に佐渡の酒蔵尾畑酒造の「真野鶴 湧水」を頂く。まさに佐渡尽くしで満足でした。

090530I河竹鮨弥彦娘

今出始めの弥彦娘です。
こちらも適度な甘さのある地物の食材です。

090530I河竹鮨極み

これが今回のお目当てである新潟県の鮨組合で力を入れている「極み」というにぎりです。
県内約20店舗のお店で、新潟産の地物のネタを使い、そのお店の特色を出しているメニューです。

食材はもちろんの事、海老のダシを効かせた醤油も絶品であり、大変満足するメニューです。
ここに写真は載せていませんが、新潟県の地酒である「越乃影虎 大吟醸」も飲む事が出来ました。
新潟づくしを堪能した夜でした。


090530三吉屋もやしラーメン

〆は、オヤジ得意のパターンでラーメンです。
けや木通りの三吉屋のもやしラーメンが大のお気に入りです。
新潟駅万代口~南口のけやき通り。
これが最近のパターンです。


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物事を考える時、総論と各論を区別して討議する事があります。

でも良く考えると、個人により各論と総論の垣根がないことも多いはずです。
であれば、区別をせず、ディスカッションをして箇条書きにして行くと、各論から総論が見える場合も
多いはずです。

この時代、ディスカッシッョンの進行役の固定概念ではなく、「広く、色々な立場よりの生の声を聞く」事が、事態の解決に繫がる場合も多いはずです。

総論と各論とは、意見を述べる人の価値で判断して話してもらう事が大切です。
それから総論が発掘される場合もあります。

最初から総論を求めても、なかなか出てくるものではありません。
「話の叩き台」は、このご時世に大切なファクタです。

090505スバルレガシィS402
090505スバルインプレッサ
090529スバルニューレガシィー カタログ
愛車レガシーワゴンを購入したディーラーでデモカーを展示するイベントがあり、見てきた時の写真です。
上がレガシーのB4ベースにチューナップされたS402という台数限定車です。
レガシーでありながら車体価格が560万ぐらいする全てにおいて強化されている車です。

真ん中がインプレッサのラリー仕様のデモカーであり、こちらもラリーで良く見るカラーリングの車です。

富士重工の社長が、経済環境を理由にラリーより撤退する時に泣いて「必ずラリーの現場に戻る」といった記者会見を今でも覚えています。

一番下が今回5/20に発売されたニューレガシーワゴンのカタログです。
今乗っているレガシーもBHシリーズの二世代前の車でNAエンジンのノンターボ車ですが、大変気に入っている車です。

先ずは直進性と安定性が抜群であり一度乗ると「次もレガシー」という気持ちにさせてくれる車です。
以前にもブログ書きましたが、「運転中に良いアィディアや現状打開案が浮かんでくる」のも運転していて心地よいからかもしれません。
後は、あの独特のボクサーサウンドも、心地よい理由の一つです。

自分の目的を達したら新車でレガシー。
これを目標にする為、カタログを貰って自分のそばに置いておきます。


090505村上城跡正面入口
090505村上城跡看板

新潟県村上市にある村上城跡です。
ここは本庄繁長という上杉二十五将の1人の居城です。

090505村上城虎口看板
090505村上城石垣


この武将は、上杉謙信にも攻められたりもしましたが、景勝の時代には家臣として、新発田重家とも戦ったりした面白い人です。
造反をしたり、家臣として従事したり色々とあった人らしいですが、そんな人を上手く活用するのも上杉家の良さではないでしょうか。

090505村上城址石碑
090505村上城頂上山看板

入口から約20分弱登ると、頂上に着きます。
頂上にある石碑です。
別名を舞鶴城と言います。

090505村上城天守台跡
090505村上城天守台跡からの眺め

頂上の天守台跡からの北西方向の眺めです。
瀬波温泉街までが一望出来る場所です。

今まで行った春日城、天神山城、与板城、村上城全て山城で上杉に関係した人達の城に対する考え方の統一性を感じました。

090505新発田城全容
090505新発田城百名城看板

新潟県の新発田市にある新発田城址です。
ここは、上杉景勝に七年間も抵抗をした新発田重家の居城です。
日本百名城にも選ばれているお城です。
090505新発田城復元図
090505新発田城土橋門
090505新発田城シャチホコ

復元図にある土橋門をくぐると、このお城に飾ってあるシャチホコが置いてあります。
一番上の写真に写っているように三匹のシャチホコが飾ってあるお城は、全国でも新発田城だけだそうです。
週末には、城内にガイドさんがいてきちんと説明をしてくれます。

新発田重家は御館の乱の時は、景勝側につき、戦ったらしいですが待遇を不服として反旗を翻し
長い間、抵抗をしたそうです。

阿賀北にも景勝は挙兵し、新潟津や沼垂津を新発田重家と争奪戦を繰り広げました。
こんな北にまでゆかりの地はあります。
またまた、この時代の上杉の影響力を見せてもらった一日でした。
090505観音寺正面
0905005観音寺謙信墓所

新潟県阿賀野市ある曹洞宗のお寺観音寺です。
上杉謙信が中興開山下と言われており、法堂内に謙信と景勝の位牌が奉安されているそうです。

090505五泉八幡宮正面
090505五泉城址看板

上のお寺から南東の方角へ車で20分ぐらい走ると、五泉市に五泉八幡宮という神社があり、ここに五泉城があった場所です。

090505甘五泉城址


ここは甘粕景継という家臣(天地人ではパパイヤ鈴木が演じている)を城主として、上杉景勝が送りこんだと言われています。

上越や六日町からこんなに遠い土地にも上杉家の影響は及んでいます。
あの時代越後の国に対する上杉の影響力の強さを感じる事実です。

5/22(金)に、新潟県のモノ作り関連に従事している方と話をする機会があり、今後の自動車
関連の仕事の方向について話を聞く事が出来ました。

電気自動車になれば、当然、エンジンの内燃機関連やブレーキや足回り、ここら辺のモノの作り方は
変わってきて、必要な部品点数や作り方にも変化が来ます。

鍛造品の点数、それに伴う金型の点数等、色々な影響が出るそうです。
すると、当然今までの設備では代用は効かず、新しいライン等が必要になってくるそうです。

今までのラインや整備をがらっと更新する事は、殆どの中小企業では無理な話です。
その中で発想の転換をして、今までの設備を改造し、出来る事はないか。

こんな模索を始めるのも、一つの手であると感じました。
世の中の自動車が全て電気自動車になるには、まだ時間が掛かります。
でも、今から考えて「どこに手を打ち、コストをかけるべきか」これは検討の余地があると思います。

その中から「自分のオリジナル」な事が見つかる可能性も高くなるはずです。



090503松代松苧神社登り口

新潟県の十日町市の松代にある神社の上り口です。
上杉謙信が戦勝祈願をしたと言われている松苧神社です。
訪れた日は時間がなく、やむなく入口のみの撮影となりました。
謙信の小刀と軍配が、奉納されいいるらしく、今度はお参りする予定です。

090503松代松之山街道

この神社の近くにある松之山街道です。
こちらは謙信が関東出陣の為に利用した軍用道であり、菅刈~薬師峠までの区間が「全国古道百選」に選ばれたそうです。

こちらの地域は、上越が近く、ゆかりの地も多いところであり、近々再訪する予定です。



今は時間がない。
こんなイメージで、時間がとれないと考える場合が多くありませんか?

でも時間軸は年、半年、クォーター、月、週等、色々な時間軸があるはずです。
こんな時間の軸で物事の判断や優先順位を考えて行くと、結構時間は待ってくれるものだと思います。
一派一絡げに考えてしまうと、折角のチャンスがピンチになる場合もあります。
是非、物事に対しての時間軸の考え方を色々持っていくことが、結局は時間を有効に活用する一番のポイントだと思います。

必ず日で出来なくても他のタイミングで良いことや、後でやった方が上手く行く事が沢山あるはずです。
090503浦佐毘沙門堂仁王門
090503浦佐毘沙門堂

南魚沼市の浦佐にある毘沙門道です。
上杉謙信や景勝が武運祈願をしたお寺です。

上の写真仁王門、そして下の写真が毘沙門堂です。
毘沙門天は、寺が不定期にご開帳するときでないと、見ることは出来ないそうです。

自分の武運(仕事運)を揚げてもらえるように、戦いの神様にお願いをして来ました。

090503西福寺正面掲載用
090503西福寺説明文
090503西福寺本堂

ここは毘沙門道から車で15分移動したところにある西福寺・開山堂という曹洞宗のお寺です。
090503西福寺孔雀遊戯絵
090503西福寺孔雀遊戯の図看板

この孔雀絵は、あの石川雲蝶の作品です。
孔雀が極楽へ渡る橋を通ろうとしている様子だそうです。

ここは撮影は禁止ですが、石川雲蝶作の「道元禅師猛虎調伏の図」という遠近法を利用した彫刻の見れるお寺です。

写真ではお見せ出来ませんが、必見の価値のある彫刻です。




090429与板城址看板
090429与板城址史跡

新潟県の長岡市の与板にある直江兼継が養子に入った与板城址です。

090510与板城地図リーフ

ここは、地図で言うと本丸のあった場所です。
ここも山城であり、104メートルの山頂にあります。
弟の住んだ天神山城址と比べれば、登りもやさしく「散歩がてら」に登る事が出来ます。

090429与板城址からの眺め

これは山頂からの眺めであり、長岡方面の街並みが展望出来ます。

090429与板城址兼継軍旗
090429与板城址杉の大木

山頂にある雁の絵を書いた直江軍の軍旗と、会津移封にあたり植樹した「城の一本杉」の写真です。

090429与板城お船しみず看板
090429与板城お船清水

これは、お船がお茶をたてた清水といわれる「おせん清水」の址です。
きっと兼継が帰って来たときには、美味しいお茶でもてなした事と思います。

天神山城址と比べれば標高も低く、歩道も整備されており、訪れる人は圧倒的にこちらが多かった日でした。
天神山城から西の方角へ車で40分ぐらいで、この城跡に来る事が出来ます。
兄弟が本拠地としたお城址を比べてみて実感するのも良いと思います。










090429岩室天神山城登り口


新潟市西蒲区岩室にある天神山城址に登る登山道の入口です。
直江兼継の弟である大国実頼が養子となって城主になったお城です。
090429岩室天神山城登り口看板


上の写真の場所から車で10分弱登ったところにある登山口の看板です。

090429岩室天神山城物見台看板

090429岩室天神山城物見台からの眺め


登山口からしばらく登ると、物見台という見張り台があり、そこからの眺めです。

090429岩室天神山城物見台説明書き

090429岩室天神山城瓢箪池看板
090429岩室天神山城瓢箪池

そこからまた、しばらく登ったところにある瓢箪池です。
お城にとって大事な水源であり、真夏でも枯れた事がないと伝えられているそうです。
090429岩室天神山城武者だまり

海抜180メートルに位置している、いざと言う時の籠城時の居住地です。

090429岩室天神山城址看板

海抜約234メートルに位置している本丸のあった場所です。

この日は4/29で天気にも恵まれ、多くの登山客で賑わっていました。
この近郊は弥彦山や角田山と登山道で繫がっている大変環境の良い観光地です。

しばらくぶりで、軽い山登りをしましたが大変楽しい思いをしました。
こんな軽い登山も楽しいものである事が、実感出来た日でした。

これから、いくつかゆかりの地を紹介しますが、やはり山城が殆どであり、軽い登山が楽しめる所が
多いのが特徴です。

そしていかに新潟県は上杉家のゆかりのある地が南北にまたがって多いかが実感出来ます。
次は、与板城の軽い登山を紹介します。




今月の初めより、プロバイダーの変更に不備があり、インターネット難民になっていました。
今日より、開通しましたので、ゴールデイウィークに貯めておいた記事を随時、アップしていきます。
また宜しくお願い致します。
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