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越佐こだわり通信

「にいがたを元気にしたい!!」経営者二年生の管理人が、日々の行動の中から感じた「にいがたの素晴らしさ、素晴らしい人、素晴らしい商品、サービス」をお伝えしています
色々な販促活動や、販促資料を作成する時、「自分の観点で作成」してしまう場合が多いと思います。
でも、色々な人をターゲットにすれば、おのずから焦点が、ぼやけてしまう場合が多いはずです。

先ず、万能なアナウンスなど存在しません。
そんな販促ツールを作れば、結局成果には繋がりません。

「関心のあるターゲットに絞ってアナウンスする」

そんな事から活路は開けるはずです。
強いては、見込の有るなしを判断し、そこから有識者へ情報を伝達する。

そんな事が、これからの仕組み作りには必要不可欠です。
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ある方のセミナーの中の一言です。

モチーベーションを持続させる為のポイントで、「元気になる自分のスイッチ」を持つ事が大切だ。との話を聞きました。

自分に当てはめて考えた場合には、どうだろうか?

私は、元気な人との会話の中で元気を貰う事が殆どだと、再認識させられました。
人により、それが趣味あったり、飲食であったり、仕事であったり様々だと思います。

スイッチを押さなければ、機能してくれないことも沢山あります。
「スイッチを押す」このけじめの大切さに気付かされた日でした。
新潟県で、新たなローカルキャラクターが誕生しました。
その名は「超耕(ちょうこう)21(ニイ)ガッター」。
仮面に米の文字が浮かび、肩にはトキ、足にはコンバインをあしらったプロテクターを装着しています。
まさに新潟づくしの新ヒーローです。
武器は新潟名物“柿の種”カッターとと足のコンバインプロテクターでの二条げりだそうです。
米の仮面、トキとコンバインの鎧に身を包む、“新潟づくし”のヒーローです。

超耕ガッター
「21ガッター」を企画しているのは、新潟市東区の印刷会社株式会社クラビスの浅川進社長(44)。
同社は漫画を使ったイラスト広告や同人誌の印刷をしている会社のオーナーです。

流れ笹次郎
21ガッターに加勢するなぞの助っ人、笹次郎。
新潟の代表的なおやつとして知られる蒸しパン状のお菓子、ぽっぽ焼きを武器にした「北宝刀(ポッポトウ)」を手に戦うヒローです。

シヨッタリアン帝国
ガッターの敵は、「だらしない」を意味する新潟弁の「しょったれ」からきた「ショッタリアン帝国」。
「ショッタリアン帝国」を率いる「ツターンカメムシ」、21ガッターの敵となる怪人「ザリガニータ」、「どうしようもないやつ」という意味の「もうぞう」に由来するモゾコキムシの各キャラクターがガッターと戦う相手となります。

にいがたに、こだわったキャラクター設定。これから超耕ガッターを応援して行きます。

超耕ガッターオフィシャルサイト
0907020天地人ゆかりの地多聞寺
上杉軍が佐渡平定の際の宿陣となった寺です。
出雲崎~長岡方面へ行く道の途中にあります。
天正15(1587)年、上杉景勝が往還の都度滞陣の折、住職に大変世話になったことから
「何ぞ望みはないか」と問われた。
住職は「僧侶の身分、何も望むものはない」と答えたところ、「さらば白紙を遣わすから後年何ぞの場合には望みを認めて申し出よ」と「白願書」を住職に与えたという言い伝えのあるお寺です。



0907020天地人ゆかりの地柏崎 東福院正面
0907020天地人ゆかりの地柏崎東福院看板

500年以上も前に上杉家家臣の赤田城主、斎藤下野守により開墓された名刹。上杉謙信ゆかりの品など貴重な品々が所蔵されているそうです。

このお寺の直ぐ近くに赤田城址の遊歩道入口があります。

0907020天地人ゆかりの地柏崎赤田城址登山口
0907020天地人ゆかりの地柏崎 赤田城址遊歩道看板


先日、ある方から聞いた言葉で耳に残る言葉がありました。
それは「やらないリスク」です。

リスクと聞くと、「やったことにより起こるリスク」「やらないうちから経験値で判断してしまうリスク」が頭に浮かびます。
でも、これ以上にリスクとしてやらないことが一番のリスクになる事も多い事に気付かされました。
現状のままで、行ってしまう事で起きるリスク。
それが一番のリスクなのかも知れません。


0907012揚北衆竹俣氏ゆかりの地宝積寺石碑
0907012揚北衆竹俣氏ゆかりの地 宝積寺苔の様子
0907012揚北衆竹俣氏ゆかりの地宝積寺正面
0907012揚北衆竹俣氏宝積寺石碑
上杉家家臣である竹俣氏の菩提寺です。

5代竹俣慶綱は、天文18年(1548年)12月30日、長尾景虎「後の上杉謙信」が越後守護代となった際には謙信の家来の一人であり、執権職を任ぜられています。
 その後、越中「魚津城」の戦いで籠城した時、柴田、前田、佐々氏らの大軍にとり囲まれ、ついに武器も食料も使い果たしてしてしまいました。
そこで、自分の名前を札に書いて、耳たぶに穴をあけ、札を結びつけ、自がいして最後をとげた。
そうです。
りっばな苔に覆われ、時代の重みを感じます。



ここから東の方面に車で5分程、移動すると佐々木加地氏の菩提寺である香伝寺があります。
佐々木氏は秀綱は謙信公の妹の子であり、謙信公に従って度々川中島に出陣して大功をたてた人です。

0907012揚北衆加地氏ゆかりの地香伝寺石碑
0907012揚北衆加地氏ゆかりの地香伝寺正面

しかし、謙信死後に起こった「御館の乱」には、景勝を退けて景虎を援けんとしました。
しかし、、景勝方の新発田重家と五十公野道寿斉に居城を急襲されて戦死したそうです。
時に天正十五年(1587)八月 三十五歳の若さであったそうです。

この佐々木氏より新発田氏が分家されたり、色々と歴史上ではポイントになる人です。

新発田は、まだゆかりの地が幾つかあります。
今後も紹介むしていく予定です。






 
ツガミの帰りに、今年の2月行った蓬平温泉の高龍神社へ、今年後半半期の商売繁盛のお願いと
前期のお礼に参拝に行って来ました。

09070112和泉屋外見
0907011和泉屋ロビー

知人を迎えに行った和泉屋さんです。
天地人の旗もあり、与板地区を観光してこちらに泊まる人も多いとの事です。
知人に聞いたら10月までは週末は満員との事です。
嬉しくなります。にいがたへの天地人経済効果は、こんなところにも出ている様子です。

0907011高龍神社入口
0907011高龍神社拝殿内

ここまでの結果報告と、今年下半期での祈願達成のお願いをして来ました。
ここは商売の神様!!お願いにも力が入ります。

0907011高龍神社昇り龍
0907011高龍神社の蛇

ご利益があるように、この登り龍に触らせてもらい、帰りには、ここで本物の蛇を見ることが出来ました。

大変嬉しい限りです。
それから即、仕事がらみで金銭的に嬉しい事が2つありました。
ご利益てき面。

高龍神社様ありがとうございます。
心より感謝致します。
新潟県の長岡市にある株式会社ツガミのテクニカルフェアの様子です。
ここは、1937年の創業以来一貫して金属の加工と関わってきたメーカーです。

0907011ツガミフェア入口
0907011ツガミフェア会場の様子

最新の工作機械の展示とデモンストーション、そして工場内の組立工程~検査工程の様子を見学出来ました。

0907011ツガミ研削機
0907011ツガミ加工機内部
0907011ツガミ縦型マシニング

多くの来場者で賑わっており、各マシンの特徴が明記されており、どこがセールスポイントなのかが分かり易くなっていました。

0907011ツガミ組み立て工程の様子
0907011ツガミ組み立て工程説明看板

工場内の組立工程~検査工程~出荷の流れと親切に案内板があり、見学順路も分かり易い看板になっていました。

0907011ツガミ部品棚
0907011ツガミ不適合品置き場ストア
0907011ツガミ入出庫表

写真の様子で分かるように、よく言われる「現場の見える化」が、この工程には図られている様子が分かります。

0907011ツガミ来場粗品
0907011ツガミ米百俵

色々な展示会に行きますが、社長名で粗品に礼状が入っているものは、あまり記憶にありませんでした。

最後に粗品を見たときに、こんなメッセージがあると記憶に残るものです。
「終わりよければ全て良し」
こんなイメージです。
品物は長岡銘菓「米百俵」でした。

こんな経済状況下の中でも、これだけのお客様が来場してくれるメーカーです。
是非、長岡を元気に牽引する企業として頑張って欲しいものです。

頑張れ!!にいがたのモノ作り




「必要な時に必要なだけ必要な時間を使う」

こんな当たり前の事が、エコアクションに繋がる事を再認識しました。

具体例を言うと、書類や資料を作成する事をイメージすると「いつ、誰が、何の為に、どこまで使うのか」
を考えから着手すると、無駄な時間、無駄な光熱、無駄な事務費を省く事が出来ます。

使う時間を間違えれば、長時間労働や光熱費をかける事になり、裏紙を使うや光熱費を下げるという
不必要な投資が必要になります。

時間とタイミングが合えば、究極のエコに繋がるはずです。
090707エコスタジアムこけら落としスタンドの観客
090707エコスタジアムこけら落としグランドの様子
去る7/7(火)に行われた阪神vs広島戦の様子です。
3万人の大観衆の中で、新潟市で13年ぶりの一軍の公式戦です。
熱気溢れる三塁側阪神側での観戦となりました。

090707エコスタジアム阪神ジエット風船

これは阪神ラッキーセブンの攻撃の際のジェット風船の様子です。
ここで聞けた阪神応援団を主体としたファンでの「生六甲おろし」は感激モノでした。
広島応援団の立ったり座ったりの応援も見れましたが、阪神応援団の統率のとれた応援は、正に圧巻の鳥肌モノでした。

こんな雰囲気の中でプレー出来る阪神ナインは幸せものだと思います。
090707エコスタジアムこけら落としバックスクリーン

結果は1-8で阪神の負けになりましたが、大変楽しいひと時を過ごせました。
決してトラキチではありませんが、甲子園で生の阪神戦を見たくなる感動を受けました。

売店の数や運営、そして売り子さんの運営、スポンサーの看板の寂しさ等、色々な課題はありますが
やっとスタートラインに立ちました。

色々なゲームを運営し、ノウハウを蓄積する。
「習うより慣れろ」の精神も必要だと思います。

札幌や北陸から駆けつけた阪神応援団の皆様大変お疲れ様でした。
それと広島に勝利をもたらしたカープの東出選手活躍は見事でした。


090705笹岡城址入口看板
090705笹岡城址説明看板
090705笹岡城址全体
090705笹岡城址の石碑

笹岡城は守護・上杉氏が、独立性の高い揚北の諸豪族を監視するために築かれた、上杉氏の番城でした。この揚北に打ち込まれた楔が最も機能を発揮したのは、新発田重家の乱の際でした。
その際に上杉景勝の最前線となったのが笹岡城です。
現在は、このような公園になっており、近くの子供達が元気に遊ぶ姿が見れます。

この城跡の直ぐ近くに華報寺があります。
090705華報寺全体
090705華報寺説明看板

華報寺は、この地に訪れた弘法大師空海が五頭山の山頂に五頭権現を勧請し山麓に堂宇を建立したのが始まりとされています。五頭山は山岳信仰の拠点の1つとして鎌倉時代に全盛期となり
4支院、32坊を抱える大寺院となり周辺にも大きな影響力をもちました。
その後次第に衰退していき、文明9年(1477)に現在の村上市にある耕雲寺の住職だった大安梵主が再興し、当初海満寺と称していた寺名を華報寺と改名しています。
現在の本堂は戦後再建されたもので蒲原三十三観音霊場の二十番札所となっています。
又、境内に隣接して弘法大師空海が開湯したという「華報寺温泉」という共同温泉があります。




090705安田城址看板
090705安田城の堀
090705安田城址全体

鎌倉時代初頭に当時白河庄と呼ばれた阿賀野市一帯の地頭となった大見氏が築城したと言われています。
その後大見氏は地名である安田氏を名乗り、城郭を整備するなど領国経営を行い、戦国時代を迎えます。
安田氏は揚北衆(北越後の国人衆)として長尾氏に次いで上杉謙信、景勝に従属し川中島合戦や御館の乱、新発田重家の乱など多くの戦に加わり功をあげています。

そんな城跡が今では、交通公園や野球場となり、しみんの憩いの場として整備されています。

090705安田城址の石碑
090705安田城の紫陽花

そんな公園内に咲いている紫陽花に二匹の雨蛙がいました。
なんかホッとするアングルだったので、思わずシャッタを押してみました。



090705考順寺正面
090705考順寺 三度栗石碑
090705考順寺 三度栗の木

この城跡に直ぐ近くに考順寺と言う浄土真宗のお寺があります。
越後七不思議の一つ「安田の三度栗」で有名なお寺です。
親鸞 聖人が、保田の里を布教にまわったとき、信徒のささげた焼栗をまいて仏縁を説いたところ
芽が出て繁茂し、1年に3度実り又1枚の葉の先が2枚に分かれて成長したといわれています。
当時の木は枯れてしまったが、現在では若木が育っており、今でも1年に3度実ると言われています。

090705考順寺の池

お寺の裏には、素晴らしい池があります。
ここもこれからの季節に新緑で涼を感じるには大変良いお寺です。



半年が経過して、年の初めに立てた計画からの達成率を自己評価すると50%という
数字になります。

理由としては

1)枝葉の部分で着手しやすく出来るものを優先してやり過ぎた。
2)大切な幹の部分に対しての達成率が満足出来るものではない。

この2点が大きな、理由です。

2)の部分は、時間がかかり即結果に結びつきませんが、後半年、何が何でも幹部分に対しての
取組を最優先にする。
これを目標にして行きます。