fc2ブログ

越佐こだわり通信

「にいがたを元気にしたい!!」経営者二年生の管理人が、日々の行動の中から感じた「にいがたの素晴らしさ、素晴らしい人、素晴らしい商品、サービス」をお伝えしています
090927天地人南魚沼 開興寺説明文
090927天地人南魚沼開興寺の看板
090927天地人南魚沼開興寺正面

南魚沼市にある関興寺というお寺です。
開興字寺も上杉氏とのゆかりが深く、寄進された大般若経を味噌桶の中に埋めて、火災から逃れた言い伝えのあるお寺です。
そしてその味噌のご利益と、厳しい禅寺での修行を終わった人だけに渡される味噌から「関興寺の味噌なめたか」の言葉が生まれたそうです。

090927天地人南魚沼開興寺本堂内
090927天地人南魚沼開興寺の説明風景

本堂内に入るとたまたま、団体お客様がいらっしゃり説明をして下さっていたので案内と説明を受ける事が出来ました。
そして味噌もなめてみましたが、いなか味噌の風味のある味噌でした。
こうじの量は少なめの味噌でした。

090927天地人南魚沼開興寺味噌こねおけ
090927天地人南魚沼開興寺味噌おけ

これは味噌をこねる鉢と味噌桶です。

090927天地人南魚沼開興寺中庭
090927天地人南魚沼開興寺経蔵

これは山を利用した自然な中庭と経蔵の様子です。
味噌の効用を上手く利用して災難から逃れ、貴重なたんばく源としても活用した昔の方の知恵には感銘をして南魚沼を後にしました。

まだまだこの地域も殆ど探索が出来ていませんので探索を続ける予定です。





スポンサーサイト



090927天地人南魚沼 龍澤寺駐車場のぼり
090927天地人南魚沼龍澤寺看板

南魚沼市にある景勝公と、母親の仙洞院ゆかりのお寺です。

090927天地人南魚沼龍澤寺山門
090927天地人南魚沼龍澤寺正面

山門から入り、書面から見たお寺の様子です。

090927天地人南魚沼景勝公誕生の地石碑
090927天地人南魚沼景勝公誕生の地看板

景勝公の誕生地の石碑です。

090927天地人南魚沼龍澤寺本堂

本堂内に入ると丁度、ガイドの方がいらっしゃり説明をして頂けました。

090927天地人南魚沼謙信公御朱印状

これは謙信公から送られた御朱印状です。
ここは春日山城から移動すると5番目に宿泊する場所であったらしく、謙信公が絶頂期であったときの亡くなる一年前にお寺に送られたものだそうです。

090927天地人南魚沼龍澤寺菊姫のなぎなた

写真が悪く、わかりにくいですが、2本目の黒いものが景勝公の正室の菊姫の護身用のなぎなただそうです。

090927天地人南魚沼龍澤寺文殊菩薩
090927天地人南魚沼龍澤寺文殊菩薩説明文の短いほう
090927天地人南魚沼龍澤寺文殊菩薩説明文

これは仙洞院が景勝公の元服の際に奉納した文殊菩薩だそうです。
「三人よりば文殊の知恵」の文殊菩薩です。
良く写真を見ると、菩薩様は龍に乗っています。
この菩薩を本尊としているお寺も大変珍しいそうです。

090927天地人南魚沼龍澤寺仙洞院お花畑跡

ここは仙洞院のお花畑跡です。
薬草の栽培をここでされていたと伝えられています。

090927天地人南魚沼 龍澤寺樺澤城址入口
090927天地人南魚沼龍澤寺御舘の乱慰霊碑

このお寺の向い側ある樺沢城址入口です。
そして御館の乱の際に景虎側の北条軍と上杉軍の戦った古戦場跡でもあるそうです。

残念ながら時間の都合で樺沢城址には行けなかったので次回、この地の城下町である樺沢集落を探索し、その時に登って見る予定です。

ここが景勝公と兼続公のルーツであった上田の庄の周辺です。


090925宝在心
090925宝在心16ケ条

今回の米沢の地で法音寺の参拝記念のしおりです。

上杉謙信公家訓十六ケ条の事を宝在心というそうです。
「宝は心にあります」という意味で、自分の気持ち次第で目標は叶うという教えは、非常に心に響きました。
世の中は人と人との交わりであり、その為、相手への思いやり、気遣いを大切にして行く事が宝であり、それが希望を叶える大きな要因である。

このような大切な事を、このしおりは教えてくれました。


最近、特に感じる事です。

まだ物事で「まだ終わらない」と思う事は、良く考えていくと「始めていない」から終わらない事だという事に今さらながら気付いてきました。

途中のものも終わらないうちに入りますが、良く考えて行くと「正しいスタート時点に立っていない」為に終わらない事が多いことに気付かされます。
スタートが肝心。これを肝に銘じます

090921米沢春日山林泉寺入口
090921米沢春日山林泉寺説明看板
090921米沢林泉寺正面

越後高田の地より景勝公の移封により会津~米沢から移動して建立されたお寺です。
ここには長尾家や上杉の位牌や、その他上杉家の家臣の墓などが多く残るお寺です。

090921米沢林泉寺吉江宗信の墓説明文
090921米沢林泉寺吉江宗信の墓

あの魚津城の戦いで戦死した吉江宗信公のお墓です。

090921米沢直江夫婦の墓説明文
090921米沢林泉寺直江夫婦の墓

兼続公ご夫妻のお墓です。
奥様が亡くなられてから、この林泉寺に改葬されたそうです。
ご夫婦で仲良く並んでお墓があるのは、仲むつまじく、ほのぼのします。

090921米沢林泉寺新津氏の墓

新津城主、新津氏のお墓です。
この方の新津城址も以前このブログの記事にしています。
感慨深いものです。

090921米沢林泉寺水原氏の墓
090921米沢林泉寺水原氏の墓の説明文

こちらはあの揚北衆の1人水原城主 水原親憲氏のお墓です。
こちらの方の水原城址もこのブログで以前紹介しました。
こちらも感慨深いお墓です。

090921米沢林泉寺甘粕氏の墓説明文
090921米沢甘粕氏の墓

こちらも五泉城と護摩堂山城の城主を歴任した甘粕景継氏(天地人ではパパイヤ鈴木キャスティング)のお墓です。
こちらもどちらの城跡も自分の足で見てきた人です。
こちらも感慨ひとしおです。

090921米沢林泉寺武田信清の墓説明文
090921米沢林泉寺武田信清の墓

景勝公の正室の菊姫の弟のお墓です。
かってのライバル武田家の実子を、自分の菩提寺で眠らせる懐の深さを上杉家には感じます。

090921米沢林泉寺景勝公正室菊姫の墓説明文
090921米沢林泉寺景勝公正室菊姫の墓

景勝公の正室 菊姫のお墓です。
お舅さん仙洞院のお墓のとなりに仲良く並んでいます。

090921米沢林泉寺仙洞院の墓
景勝公の実母 仙洞院(天地人では高島礼子キャスティング)のお墓です。
越後出身の人達が、多く眠るこのお寺には特別な思いを感じました。

この2日間で米沢市民の上杉家に対する熱い思いは、新潟県人以上なのかもしれません。
新潟県のようにゆかりの地が点在している訳ではなく、米沢に根を下ろして復興した期間の長さは
新潟県は叶いません。

また是非、揚北衆を追い、残り米沢、山形、会津へ行ってみたいと思います。



2日目のゆかりの地めぐりは、上杉のお墓のある近辺を探索しました。

090921米沢上杉家廟所正面
090921米沢上杉家廟所全体の様子

歴代の当主のお墓が謙信公を中心に写真のように並んでいます。

090921米沢上杉家廟所謙信公

この中央に位置するのが、謙信公のお墓です。
やはりひときわ、りっぱに存在感を示しています。

090921米沢上杉家廟所景勝公

こちらが謙信公の隣の景勝公です。
すべての建物が、多少ずつ違う作りをされていました。

090921米沢上杉家廟所の昆の軍旗
090921米沢上杉家廟所の龍の軍旗

こちらは敷地内にある有名な上杉家の軍旗です。



090921米沢法音寺説明文
090921米沢法音寺正面

こちらは廟所の隣にある法音寺という歴代上杉家の菩提寺です。
屋号を八海山といい、景勝公移封の際に米沢へ映されたお寺です。

こちらにも上杉家歴代当主の礼拝があり、現在宝物展として一般公開されていました。
ここには、川中島の合戦の際に善光寺より謙信公が持ち帰った善光寺如来尊があるお寺です。


090921米沢上杉家廟所周辺千勝寺説明文
090921米沢上杉家廟所周辺千勝院正面
090921米沢上杉家廟所周辺千勝院の天と地記念碑の毘沙門天

もとは上越市で謙信公の祈願所であったが、景勝公移封の際に会津から米沢へ移ってきたお寺だそうです。
千回戦えば千回勝つという事より、千勝院と改称さたそうです。


090921米沢上杉家廟所周辺法泉寺説明文
090921米沢上杉家廟所周辺法泉寺石碑
090921米沢上杉家廟所周辺法泉寺正面

景勝公か開基したお寺で、兼続公が禅林文庫という蔵書を備えたお寺です。
090921米沢上杉家廟所周辺法泉寺兼続の歌石碑
090921米沢上杉家廟所周辺法泉寺兼続歌碑説明文

こちらは兼続公が詠んだと言われる歌碑です。

この周辺は、車で廻らずレンタサイクルや徒歩で廻ると色々な発見の出来る場所です。
次回は、そんな探索の仕方をして見たいと思います。






米沢の天地人ゆかりの地めぐりの際に一泊した小野川温泉です。

090921米沢小野川温泉の全体の様子

小野小町が訪れ、安住の地とした温泉地だそうです。

090921米沢小野川温泉小町観音
090921米沢小野川温泉小町観音説明文
090921米沢小野川温泉薬師如来噂看板

温泉街の至るところに、小野小町ゆかりの場所があります。
父を探して、この地へ来て、この温泉に入って美人になったと伝えられています。
上杉家は、ここを癒しの湯場として使っていたと伝えられているそうです。

090921米沢小野川温泉旭屋正面
090921米沢小野川温泉滝の清水
090921米沢小野川温泉滝の清水説明文

泊まった旭屋旅館です。
この旅館前に、滝の清水という名水が湧き出ています。

090921米沢小野川温泉田んぼアート天地人
090921米沢小野川温泉田んぼアート説明文

この温泉街から車で5分ぐらい行った所ある天地人の田んぼアートです。
兼続公とお船そして、ホタルが描かれています。
遠近法て゜描かれているらしく、この展望台から見ると一番バランス良く見えるそうです。


090921米沢小野川温泉甲子大黒天様
090921米沢小野川温泉大黒天本山入口
090921米沢小野川温泉甲子大黒天説明看板

この田んぼアートの直ぐ近くに、甲子大黒天本山があり、日本で唯一大黒様を祭る本山であるそうです。
上杉家も良く祈願をした処であるらしく、私もよくよくお願いをして大黒様の掛軸を買ってきました。









天地人ゆかりの地を求め、米沢市へ行ってきた様子を記事にします。

090921米沢上杉神社の米沢城址看板

上杉神社周辺が、元の米沢城址であり、色々な見学のコースがありました。

090921米沢上杉神社正面

上杉神社は謙信公を御祭神として祭り、後に鷹算山公を合わせて祭ってある神社です。
この写真は、神社正面の入口であり、戦国武将の格好をした人が迎えてくれました。

090921米沢上杉神社謙信公
090921米沢上杉神社謙信公家訓

中に入ると謙信公が迎えてくれています。
この謙信公家訓も色々なところで、見ていますが、またこの神社で改めて見ると教えられる事が沢山ありました。

090921米沢上杉神社参拝の様子

この日はシルバーウィーク中ということもあり、大変な賑わいでした。
この列で並び、またまた悲願のお願いを謙信公にして来ました。

090921米沢上杉神社・稽照殿説明看板
090921米沢上杉神社稽照殿看板
090921米沢上杉神社稽照殿

参拝を終わり、隣の稽照殿という宝物殿で、謙信公、景勝公、兼続公、鷹山公ゆかりの品を見てきました。
撮影は出来ないので写真はありませんが、この方々の甲冑は迫力があり、並んで見たかいがありました。

090921米沢上杉神社謙信公御堂跡

少し小高い丘を登ると敷地内に謙信公の御堂(お墓の跡)があります。
こちらは現在では、上杉家廟所へ移す前のものだそうです。

謙信公の魂は春日城~会津~米沢へと移って着ましたが、どんな思いであったのでしょうか。
生前でのゆかりはない土地で、来世を過ごす気持ちは、私のような凡人には理解出来ないところがあり、そんな事を強く感じた上杉神社でした。


090921米沢上杉神社周辺上杉伯爵邸正面
090921米沢上杉神社周辺上杉伯爵邸庭園
090921米沢上杉伯爵邸説明看板

上杉神社の直ぐ近くにある上杉伯爵邸です。
14代上杉当主 茂憲公伯爵邸として米沢城二の丸跡に立てられたお屋敷だそうです。
重厚な佇まいにりっぱな庭園が広がり、当時の伯爵という方々の様子がうかがわれます。


090921米沢天地人博会場全体
090921米沢 天地人博かねたん

上杉神社の隣にある上杉博物館で開催されている天地人博2009の様子です。
こちらは、”かねたん”がお出迎えをしてくれていました。

090921米沢上杉神社周辺天地人博謙信の前建
090921米沢上杉神社周辺天地人博謙信の前立て説明文
090921米沢天地人博景勝前立て
090921米沢天地人博景勝前立て説明文
090921米沢天地人博兼続前立て
090921米沢天地人博兼続前立て説明文

これは、唯一撮影の出来た、謙信公、景勝公、兼続公の前立てです。
この中で印象に残ったのは、景勝公の前立てに毘沙門天の文字が入っている事です。
謙信公への強い思いが、この前立てにも表れています。


090921米沢上杉神社周辺直江屋敷跡

この博物館の裏にあるのが、直江屋敷址です。
現在では、一般住宅と駐車場になっています。
時代の流れを感じて初日が終わりました。




090920三条鍛冶まつり看板
090920三条鍛冶まつり職人のハンマー技
090920三条鍛冶まつり職人の彫刻技

三条市の三条小学校の近くの鍛冶道場で行われた鍛冶まつりの様子です。
下の写真は、鍛冶職人が手業だけで、小さな釘のような金属の先をハンマーで丸めたり、金属に文字を手業のみで刻印する実演です。

正に職人技であります。でもちゃんとお客様に分かり易く説明し、さらにはユーモアを交えたやりとりには良い意味での職人+商人の姿を感じ取りました。

090920三条鍛冶まつりブースの様子1
090920三条鍛冶まつり岡部洋食器製作所ブース

色々な金属品製造会社のブースの中で㈱岡部洋食器製作所と言う会社の包丁を買いました。

訳有り。や定番商品から外れた在庫等の展示が多くありました。

職人の手業の中に、そしてお客とのコミュニケーションのとり方の中に「にいがたけんのモノ作りは誇れるもの」という認識を深くして、大好きな三条から帰路に着きました。

頑張れ!! にいがた県のモノ作り
090920長岡食の陣入口のれん
090920長岡食の陣イヘント内容看板

9/20(日)長岡市の新産センターで行われた食の陣へ、昨年に続き遊びに行って来ました。

090920長岡食の陣ブースの様子1
090920長岡食の陣ブーの様子越後もち豚

去年より若干こじんまりした感はありますが、家族連れを中心に大変賑わっていました。

090920長岡食の陣天地人鍋

この写真は、2000食限定の天地人なべの様子です。私の行った13時過ぎには既に完売でした。
かんずりを主体とした味付けであったそうです。

090920長岡食の陣豚汁
090920長岡食の陣もち豚

食べたのは、長岡野菜たっぷりのトン汁と、越後もち豚を食べました。
トン汁は、茄子が大変美味しく、家庭的な味でした。
もち豚は、いつもの通りで期待を裏切らない味でした。

090920長岡食の陣B1グランブリ

B-1グランプリというご当地グルメの大会の投票の様子です。
やはり、人気の高いものに関しては、行った時点で殆ど完売であり、チョッと残念ではありました。

食から発信し、長岡が元気になる事を願い帰路に着きました。




090919ジョージア自販機

三条の県央地場産センターのジョージアの自販機です。

新潟限定のサービスらしく、当たりは缶の上にフィギアがついているそうです。

090919ジョージアフィギア兼続

早速、兼続フィギュアをゲットし、大変嬉しい思いをしました。
他、豊臣秀吉、前田健次の3種類のフィギュア鎧が用意されている様子です。

とにかく嬉しい思いをまた燕市でさせてもらいました。
090919新潟日報燕工場見学の記事

新潟日報の朝刊の地方面の記事です。

新潟県内の旅行業者が「伝統工芸を観光資源にしたい」と言う事で、燕市の町工場の職人芸をモニターとして訪れたとの記事です。

大賛成です。

観光業者としては、独自のツアーで売上アップが期待出来、それにも増して賛成なのは

見られる側が、成長出来る事です。

具体的には

①自分達の巧みな技やコア技術を人に説明するといったコミュニケーション能力の向上が出来る。
②見られると言う事は、モノ作りの基礎である5S(整理・整頓・清掃・清潔・躾)の向上が出来る。

こんなメリットがあります。

職人技を他人に分かり易くアピール出来、そして「そのこだわりの商品やサービスを使って見たい」と思わせる能力も、これからのモノ作りには必要不可欠です。
是非、自治体や商工会が一体となった支援を期待しています。

頑張れ!! TSUBAMEのモノ作り
0909018まめやの葉書掲載用

以前にも紹介記事を載せた事のある三条市にある楽菜 まめやさんから葉書を貰いました。
メール全盛の世の中に大変、新鮮味と温かさを感じました。
そしてイベントの案内ではなく、臨時休業(夏休み)をさせて頂くとの案内にヒントを感じました。

「いつも来てくれる人が、このシルバーウィークで来店して休みでがっかりさせたくない」との心配りを
感じました。

来店して欲しい案内は分かりますが、来てくれた人をがっかりさせたくないという「相手の立場に立った案内」での心配りに温もりを感じました。

こういった案内には「受取る側の感じ方」をイメージして出す大切さを教えてくれました。

まめやさん!! この場を借りてお礼申し上げます。





0909016マコー記事掲載用

長岡市にある株式会社マコーという会社の新潟日報に掲載された記事です。

長岡市という「モノ作りのまち」である加工に徹底的にこだわり、この経済状況の中、「コア技術を活かし他マーケットへの展開を視野に入れている取組です。
この時期に、「コア」にこだわり、手をこまねいてばかりではなく、自ら働きかける姿勢は、参考になるはずです。
以下は株式会社マコーのホームページからの抜粋です。

ウェットブラストが使われる用途としては、本質的に使われている目的は大きく2つに分かれているそうです。

①従来の加工でできなかった分野への提供
例1)微小粒子を使って、精密な表面の加工や創生をする。
例2)硬質材料(セラミックス)の表面加工、バリ取りを精密に行う必要がある。
例3)最近の薄膜での物作りにおいて、層間密着を向上するためにナノレベルで物理的に表面を
   削りたい。

②従来のプロセスの集約化、自動化を行ってローコストプロセスを新しく作りたい分野への提供
(ウェットブラストは流体制御というコントロール性がよい特長を持っており、自動化が行いやすい)

例1)材料の表面研磨とケミカルラインのドッキング
(防振ゴム用装置など)
例2)研磨、バリ取りの個別処理の自動化。処理品質の向上。
(ピーニング処理、ICバリ取りなど多数)
例3)研磨加工と洗浄処理の同時処理、自動化。

以上から「複数の工程を自動化出来る」というメリットは、裏を返せば、一つ一つの工程に関して設備をしなくて良い可能性が期待出来ます。

どっこい長岡にはこういう「豪技」な、加工技を持ったモノ作り企業が多いのです。
こういった企業を心より応援します。

こんな長岡に興味や関心を持たれた方はNAZEのホームページをご覧になって下さい。
豪技(ごうぎ)を持った沢山の企業を見ることが出来ますよ。
是非、新潟県の素晴らしさを、新潟県民を初め、再認識して下さい。


頑張れ!! にいがたのモノ作り



0909013本庄氏東北の関が原看板
0909013本庄氏軍旗

揚北衆の一人本庄繁長のゆかりの品を集めた展示会が、村上市のおしゃぎり会館で11/29まで実施されています。

謙信公時代は、上杉勢戦い、そして景勝公時代は家臣として使え、あの伊達政宗にも勝利した武将です。

0909013本庄繁長の乱年表
こちらは、繁長が上杉勢と戦った時の年表です。

0909013本庄氏村上直江からの書状
0909013本庄氏村上直江書状タイトル
0909013本庄氏村上直江書状の現文翻訳
これは、兼続より繁長が貰った書状だそうです。

09013本庄氏村上直江状タイトル
0909013本庄氏村上直江状
こちらがあの「直江状」の複製です。

0909013本庄氏家康への釈明の
そして関が原の戦い後、家康への釈明の使者として使われたのが繁長だと言われています。

あの伊達に勝利し、そして家康への使者として上杉家を残らしめた裁量は、注目すべき武将です。


0909013村上若林邸看板
0909013村上若林邸正面
0909013村上若林邸庭

このおしゃぎり会館の隣が、若林邸です。
内藤家時代の武家屋敷であり、今の組織で言うと「総務部長クラス」の官舎だそうです。
庭から見える鮭が、村上を物語っています。

0909013村上井筒屋正面
0909013村上井筒屋芭蕉宿泊場所
0909013村上井筒屋屏風
小町の井筒屋さんという旅館の屏風です。
ここは芭蕉が、奥の細道の行脚の際に宿泊した宿久佐衛門跡だそうです。

0909013村上きくや屏風
0909013村上きくやの絵
0909013村上きくやの

ここも小町のきくやさんと言う靴屋さんの屏風です。
ここの女将さんにはお世話になり、沢山のナスを貰いました。
大変ご馳走様でした。

0909013村上うおやの屏風

これは小町うおやさんの屏風です。
ここで買った鮭とばは脂が乗り絶品でした。

またまた別のカテゴリで報告します。

町屋の屏風まつりの一部です。
またゆっくりと別の町内を見学する予定です。

0909013村上ばらはちかん2009の看板
0909013村上ばらはちかん2009駅前の様子
0909013村上ばらはちかん2009出店の様子
帰りに村上駅前で偶然やっていたばらはちかん2009まつりの様子です。
ここの出店の一角で、豚汁を食べてきました。
美味かったですよ。

0909013本庄氏村上帰路の虹の出所
0909013本庄氏村上帰路の虹アーチ

帰る途中で見れた虹です。
虹の出所が見れて大変感動しました。

村上の温かさと熱さに触れられた一日でした。









色々な問題や、調べ事をする時間を朝方に変更し、1ヵ月が経過しました。
AM5:30~6:30の1時間を使い、集中的にやると結構効率が上がりました。

先ず夜は、自分的にはダメであり、「考えが自己満足で閉鎖的」になっていました。
今までは、夜明けが早く、涼しいうちにいう目的もあり、いい感じで出来ました。

これからは、この時間はまだ暗いですが、出来る限り朝型を継続する予定です。
良くミーティングで「発言しないのが悪い」と言う風潮がありますが、果たしてそうでしょうか。

なぜその場で発言しないか?
それは発言する為に障壁があるからなのです。

それは何か
①ある人が同席していると言いづらい。
②しゃべる人が偏りすぎて自分の出番が無い。
③発言した事に難癖をつける人がいる。
等、色々な理由があります。

でも良く考えると、そこで発言する事が目的ではないはずです。

目的は色々とありますが、「色々な意見を吸い上げたい」事が目的であれば、やはりその場だけでなく、「話してもらうTPOを考え、場所を作る事」が重要と考えます。

その場で発言する事が全てではなく、「しゃべりずらい人がいない時に意見を聞く」や、メールでしゃべりたい人であれば、メールでコミュニケーションする事が大切だと思います。

コミュニケーションは「しゃべらないのが悪い」のではなく、「しゃべる雰囲気を作らない事」の方が罪だと思います。

なぜなら、雰囲気作りいかんでは、意見を沢山述べてくれる人が多いのです。

090906横浜戦ゲーム前一塁側

9/5(土)に行われた横浜VS中日戦の試合前の一塁側ゲートの様子です。
横浜主催のゲームですが、中日ファンの多さには驚きました。
中でも、井端選手のユニフォームを着たファンが目立っていました。

090906横浜戦ライト側応援団

これは、ライト側横浜応援団の様子です。
ラッパ隊もいて、大変盛り上がった応援をしていました。
小さく見えるのが、横浜ベイスタースのキャラクタ ホッシー君です。

090906横浜戦ゲーム前練習風景

観客は、公式発表で約22,000人と、7月の広島VS阪神戦より、8,000人弱くらい少なかったようです。
先回のような、売店の混雑やビール売りの少なさはなく、目立った不満は感じませんでした。

090906横浜戦電光掲示板

結果は、スコアボードの通りで、横浜が森笠選手の初回ツーランホームランで勝ち、中日の反撃がないまま終わりました。

090906横浜戦ゲーム後のライトスタンド

これはゲーム後にレフトスタンド側から撮ったライトスタンド側の横浜応援団の様子です。
勝利の余韻に酔いしれ、最後まで応援を続けていました。

気の合う友人3名と一緒に観戦し、楽しいひと時を過ごす事が出来ました。
そして今季限りで現役引退をするミスタードラゴンズの立浪選手も見ることが出来ました。




早くアクションを起こし、じっくりと進める。
スタートダッシュを早く切れば、プロセスの組み立てに時間をかける事が出来る。
こんなモノ事への取組方法も有りだと思います。

じっくりとは、ゆっくりとは違い、「手戻りを少なくし、前進できる歩幅を大きく取れる」事だと感じます。
時代が早く流れるだけ、スタートダッシュを早くし、過程にじっくり取り組む。

こんな工夫が大切な時期だと思います。