越佐こだわり通信

「にいがたを元気にしたい!!」経営者二年生の管理人が、日々の行動の中から感じた「にいがたの素晴らしさ、素晴らしい人、素晴らしい商品、サービス」をお伝えしています
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昨日の仕事の打合せの中で
書類を整理する順番として

破棄→分類分け→保管方法の選択→保管
この方法がベストであると言う結論に達しました。

考えていくと「いつか使うかもしれない」や「いつか見るかもしれない」という書類で後で見たためしは殆どない事に改めて気付かされました。

捨てるカイゼン
これが物事のスタートラインかもしれません。
捨てる為には、捨てる判断基準を明確する為の「棚卸の基準」が必要不可欠です。

5S(整理・整頓・清掃・清潔・躾)に1H(破棄)を加えた1H+5Sがポイトンである事に気付かれた日でした。

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091025燕の職人作った電気自動車
10/25(土)の新潟日報朝刊の記事です。

新潟県の誇る金属加工の集積地の燕のプレス加工業の阿部宏平さん(72)がカソリン車を電気自動車へ改造した記事が載っていました。

この年齢にも関わらず「人が出来る事は、自分にも出来るはず」と言う取組姿勢や、電気自動車関連の資料をインーネットで収集した言う「時代のツールを使う柔軟さ」には感銘を受けました。

自動車関連の部品は精度が要求されるものが多く、この年齢でも考え方や取組姿勢が柔軟であれば、現役でいけると言う良い例だと思います。

こんな手業を持つ職人が沢山いる町 「TSUBAME」を持つ新潟県を誇りに思い、私もこんな年の取り方をしたいと感銘をうけた記事でした。

がんばれ!! TSUBAMEのモノ作り
09102天地人ゆかりの地新発田安楽寺正面
09102天地人ゆかりの地新発田安楽寺中庭

新発田市の五十公野城址近くにある真言宗のお寺です。

兼続に攻められた五十公野道如斎は新発田重家の娘婿であり、五十公野城落城とともに夫妻は自決したと伝えられています。

この寺には、奥方が着用したとされている女鎧(かぶと)が残されているそうです。
この鎧は非公開です。
写真のように寺の構内には中庭があり、池もあり心を和ませてくれます。

この奥方はどんな気持ちで上杉勢と戦ったのでしょうか。
きっと父親である重家公の血の1部が、そうさせたのは事実ですが、奥方で鎧そのものが残されている方も大変珍しい例だと思います。

父親のどんな教育があったのか、時代背景からして仕方のない事だけだったのか。
ここら辺も今後研究していく予定です。


09102天地人揚北展示会入口
09102天地人揚北展示会横断看板

阿賀野市の吉田東伍記念博物館で開催されている特別展覧会です。
揚北衆と謙信・景勝のかかわりを、「大見安田氏・水原氏文書」から色々な書状であったり、その時代の揚北の様子を見せてくれます。

09102天地人揚北展示会謙信公肖像
09102天地人揚北展示会直江状
09102天地人揚北展示会直江状説明文
09102天地人揚北衆示会直江書状
09102天地人揚北展示会直江書状説明文

謙信公の時代から、上杉家は独自性を持った揚北衆には大分気を使っていた様子が書状より感じる事が出来ます。
上杉家に気を使わせるだけの存在であった揚北衆の存在は、私には非常に関心のあるカテゴリです。



091012天地人ゆかりの地魚沼大福寺山門
091018天地人ゆかりの魚沼大福寺正面

ここはあの雲洞庵の近くの真言宗のお寺大福寺です。
謙信公が関東管領の際に祈願所として訪れたお寺と伝えられています。
山門に歴史の重みを感じます。

091018天地人ゆかりの魚沼天地人博入口

六日町駅の直ぐ近くで行われている愛・天地人南魚沼の会場です。

091012天地人ゆかりの魚沼天地人博記念撮影場所

中の撮影は禁止の為、記念撮影の場所の様子です。
兼続公が上田の庄の田園風景の中に立っていて、そこで記念撮影をするコーナーです。

以前上越、米沢と天地人博に行っていますが、規模的にはこの魚沼が一番こじんまりとした感がありました。
ここの特徴は、ロケ地になったこともあり、地元のロケの様子や地元エキストラの方々の参加の様子が写真やVTRで観れるところが上越や米沢を違ったところです。

091018天地人ゆかりの地魚沼直江兼続公伝世館正面

天地人博会場の直ぐ近くにある直江兼続公伝世館です。
兼続公の生家をイメージしているそうです。

091018天地人ゆかりの地魚沼直江兼続公伝世館甲冑
091018天地人ゆかりの地魚沼直江兼続公伝世館甲冑説明文

これは上田衆の甲冑のレプリカです。
景勝公が春日山城へ入場する際に選ばれた「上田五十騎」という精鋭50人の方々が使用した
レブリカです。
レプリカとはいえ、迫力がありました。

091018天地人ゆかりの地魚沼直江兼続公伝世館大黒様説明文
091018天地人ゆかりの地魚沼直江兼続公伝世館大黒様

坂戸城ちかくに有った大桜の幹で作られたいわれている大黒様です。
またまた福を招くということで、撫でさせて頂きました。
これは最近半年あまり得意の神頼みと祈願です。

091018天地人ゆかりの地魚沼直江兼続公伝世館大河ドラマ誘致の歴史

これは伝世館にあった大河ドラマ誘致活動の記録です。
平成8年から米沢の方から活動が始まっていった様子がわかります。

誘致開始からドラマ決定まで11年かかっています。

これも「天」という時代背景や時が味方し、「地」という新潟・山形・福島のゆかりの地が味方し、「人」この誘致に向けて尽力した方々がいての「天地人」の誕生です。

決して諦めず「天・地・人」を味方にして望みを叶える。
こんな事を教えられた日になりました。


この半年間に色々な事がありました。

計画をした一番大きな石(目標)は投げる準備が出来、スタートラインに立つ事が出来ました。
この半年間で一番の収穫です。

投げると言う事は受取ってくれる人に受取って貰わなければ、ただの捨石になってしまいます。
「相手の受取り易いところへ投げる事」これがポイントです。

正にキャッチボールの基本です。
残り半年は、キャッチボールの基本を大切にして物事に取り組んで行きます。

091012天地人ゆかりの地栃尾城址看板

謙信公旗揚げの地 旧栃尾で栃尾城址を見学してきました。
御館の乱の際は、景勝公にも攻められるという奇遇な運命を持ったお城です。

091012天地人ゆかりの地栃尾城址本丸の説明看板
091012天地人ゆかりの地栃尾城本丸址.
091012天地人ゆかりの地栃尾城址本丸からの展望

謙信公は14~19歳く゜゛らいまでの約6年間ここに居たそうです。
本丸址は、思ったより狭く、奥行きもありませんでした。

青年期を過ごした時に、ここが「義」の心にどんな影響を与えたのか今後は調べてみる予定です。
この時期に旗揚げの地を見たいという気持ちが大変強く働きました。

091012天地人ゆかりの地栃尾将軍地蔵説明文
091012天地人ゆかりの地栃尾将軍地蔵正面

謙信公の城の守護神と伝えられているお地蔵様がいらっしゃるお堂です。
軍神としても知られており、非常にご利益のあるお地蔵様だそうです。

本物は見れませんでしたが写真があり、大変目がハッキリとしています。
またもや、ご利益に預かれるようにお祈りをして来ました。

時間の都合で目的地は全て行く事が出来ませんでしたが、この時期に謙信公の旗揚げの地を訪れ、祈願をしたいという目的は達成出来ました。





最近、ある方に言われた言葉で心に響いたフレーズです。

「国語の後に算数をする」


これは色々な実証の説明や、シュミレーションをする時は、先ずは言葉で現し、書き、そのから数字の裏づけをとる事が大切であるという意味です。

どうしても数字を作ってから言葉を作りがちになっていた自分にとって大変心に残ったフレーズでした。
ある数年来、取り組んでいる夢が、叶う可能性が出て来た現在、色々と東奔西走をしています。
形は変わって来ていますが、コンセプトは変えるつもりはありません。

元々、そう考えた理由が明確であり、手法は変わっていくにせよ「思った理由の熱さ」は今も変わりなく、温度は高くなっています。

ぶれず。迷わず。ターゲットを見て行動する。
これに尽きると感じる最近です。


091004景勝陣場上り旗
091004景勝清水正面
091004景勝清水説明看板

新発田市の上赤谷地区に建つ天地人の上り旗です。
ここは、景勝公が新発田重家公と戦った時に陣場があったとされいる付近です。

その時に見つけたのが、この清水でありそこから景勝清水と名前がつけられています。
残念ながら陣場は準備不足もあり、見つける事が出来ませんでしたが、この清水は飲ませてもらいました。

色々な際に勝負強くなれるようにお願いをしながら飲ませていただきました。

091004上杉砲術隊会場看板
091004愛・義巡り合いまつりチラシ

10/4(日)に阿賀野市の笹岡小学校グランドで阿賀野市制誕生5周年を記念して開催されたイベントです。

この地の揚北衆である水原親憲公が上杉家の鉄砲奉行をしていた由縁もあり、米沢より上杉砲術隊の皆様が来て、砲術を見せてくれました。

091004上杉砲術隊上り旗
091004上杉砲術隊2
091004上杉砲術隊3
091004上杉砲術4
091004上杉砲術隊5

日曜日の晴天という事で、会場には沢山の見物客の方がいらっしゃり、大変な賑わいでした。
砲撃隊の皆様はいつも米沢の上杉神社で発砲の練習をされているそうです。

中には、一丁24㎏のものもあるそうで、打ってからの逃がし方が大変難しいそうです。
発砲の音は、大変迫力があり、貴重なものを見させていただきました。

ちなみに実弾は込めず、火薬と紙をつめて見せていただきました。
通常も、実弾発砲は出来ないそうです。


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