越佐こだわり通信

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0906028天地人揚北衆色部氏平林城看板
0906028天地人揚北衆色部氏平林城址入口

揚北衆の1人である色部氏(平林城主、現村上市神林地区)は直江兼続とともに一貫して上杉景勝方で戦い、その兼続は自分の二番目の妹を、色部光長と縁戚関係を結んで、この地域の安定に自らの役割を果たそうとしたそうです。
 色部氏の居城であった平林城は、麓の居館跡、要害山の山城と59.9haにも及ぶ壮大なもの。南に広がる山麓は、今では貴重な広大な雑木林となっているそうです。
今回は、時間の問題で登らずじまい。
次回は、またまた登る予定です。

0906028天地人揚北衆 色部氏菩提寺千眼寺正面
0906028天地人揚北衆千眼寺色部氏石碑

色部氏の菩提寺千眼寺です。本尊は千手観音。寺名は観音の千本の手の掌中に持つ眼(千眼)からとったものと思われます。始めは真言宗の寺院でしたが、天正年代に色部長真(勝長の次男)が
曹洞宗に改めたそうです。
0906028天地人揚北衆保呂羽堂入口

これは保呂羽堂の入口です。
言い伝えとしては、戦いの途中に道に迷った色部氏が、雉子に先導されて助かり、この雉子こそ保呂羽山の神の使いであったといわれているそうです。

このように、この時代の上杉ゆかりのお寺は、殆どが曹洞宗のお寺です。
やはり禅での修行が、武将には必要との事からでしょうか。
改派させられたお寺もいくつかありました。



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